2019/3/26/ 07:26

僻地医療からシリコンバレーへ。日本の「本当の問題」を話そう

Stanford Biodesign, Stanford University
Program Director (U.S) Japan Biodesign 池野 文昭
僻地医療からシリコンバレーへ。日本の「本当の問題」を話そう

18年前、池野文昭氏は日本の僻地医療の現場からシリコンバレーに渡った。現在は医療研究、起業家教育、医療機器分野のベンチャー投資、医療機器企業へのアドバイス、政府委員など数多くの責任を果たす。その原動力は「日本の未来を良くする」という使命感だ。僻地医療の時、超高齢化エリアで感じた日本の課題を、テクノロジーの最先端地域であるシリコンバレーから解決しようと走り続ける。

高齢化率40%の僻地医療の現場で見た「日本の未来」

―池野先生は医師として僻地医療に従事していたそうですね。

 私は自治医科大学出身で、学費を払わずに医者になった人間なんです。学費を免除された代わりに、卒業後は静岡県庁の公務員として働き、最後の4年間は静岡県の山間僻地の小さな病院で勤務していました。

 そこはシリコンバレーのような最先端からはまったくかけ離れた場所でした。いるのはお年寄りばかりで、65歳以上の高齢者の割合が40%。若い人は町からどんどん出ていってしまって、高齢化が問題になっていました。

 当時の日本の高齢化率は19%で、現在は28%、2065年には40%になります。そう思うと、当時の私は「未来の日本」で医療をしているようなものでした。

―当時、僻地医療でどんな「日本の未来」を見たんでしょう。

 ネガティブなことを言うと、町に活気がない。アクティビティが全然ないし、あっても盛り上がらない。お祭りもやはり若い人がいないと盛り上がらないんですよ。若い人が少ないですから、消費も活性化しないし、新しいことをしようという元気がないんですね。

 ポジティブな点でいうと、人が本当につながっている“コミュニティ”を感じられました。病院もサロンのようでした。みんな寂しいから病気じゃなくても来ちゃう。私もお年寄りの方たちのお話はとても面白かった。私は往診に行くと時間がめちゃくちゃ長くかかったんですよ。みんな昔の話をしてくれるんですが、楽しくてしょうがなかった。ナースには「長すぎる」と怒られていましたが(笑)人生の知恵を学ばせてもらいました。

―ドイツでは若い人とお年寄りが共同生活をする取り組みがあるようですね。

 子供にとって、とても良いんじゃないでしょうか。60歳以上も年上の人が面倒見てくれて色々と教えてくれる。人間教育の面ですごくいいと思います。昔はそういうコミュニティがどこでもありましたね。

テクノロジーありきではなく、人間中心で考えよ

―米国から日本の問題についてどう見ていますか。特に介護の問題はどうでしょう。

 介護問題は本当に深刻です。特にクオリファイされた介護人材が非常に不足しています。介護は儲かる仕事でもなく、今後も日本では介護する人は不足し続けます。日本国内で介護者を賄えないならば、海外から介護者に来てもらうしかありませんが、それもうまく進んでいません。以前、フィリピンなどから看護師を受け入れましたが、1年後に残ったのは数人のみ。なぜなら、日本に残るためには、日本語の看護師試験に受からなければいけなかったからです。日本語の試験に通るのはさすがに無理です。

 日本では外国人の看護師、介護士の受け入れについては、いまだに猛烈な反対がありますよね。外国人が入って来ると治安が悪くなるというのが、その大きな理由です。実際、米国でもそれは問題になっています。不法移民たちが肉体労働など人気のない職種に携わるため米国に大量に流れ込んでいます。米国でも治安の悪化が懸念され、トランプ大統領の「壁を作ろう」という発言につながっています。

―介護ロボットについてはどう思いますか。

 いいとは思います。人間がいないのであれば、それしかないのかもしれませんね。ただ大事なのは、ユーザー目線で、人間中心で考えるべきです。

 日本はテクノロジープッシュになりがちですが、テクノロジーは単なるツールに過ぎません。医者も医療機器がないと診断や治療ができませんが、医療機器ありきではありません。人間が困っていることを解決するのがテクノロジー。ロボットありきで考えてはいけません。

寝たきり予備軍をいかに減らすか

―介護を必要とする前段階の人たちに対しては、何ができるでしょうか。

 なぜ介護が必要になるのかから考えてみましょう。介護が必要になるのは、筋力が衰え、身体が動かなくなって寝たきりになるからです。または脳の機能が低下し、認知機能が落ちてしまうからです。一言で言うと、様々な臓器の衰えが原因です。

 ではなぜ臓器が衰えるのでしょう。もちろん、加齢により臓器の機能が低下していくのは、当然ですが、筋力、思考力などの衰えを加速するトリガーになるのは、私は、気力の衰えが大きいと思っています。人間はメンタルとフィジカルが密接に関わり合っています。医学的証拠があると言いきれませんが、私が僻地医療で200人弱の高齢者を看取った経験で、そう感じます。人間が気力を保つためには、コミュニケーション、コミュニティが欠かせないと思います。

 面白い事例があります。ある介護センターで介護士をイケメンばかりで固めたところ、おばあちゃんが元気になったそうです。おばあちゃんの髪の毛が黒くなった、化粧をするようになった、笑顔が増えたそうです。同じように違う介護センターを若い女性の介護士で固めたところ、おじいちゃんも元気になりました。明るく、冗談も飛ばすようになったそうです。意外とメンタルが大事なんですよね。

―健康寿命をいかに延ばすかはこれから大きな課題になります。

 いかに寝たきり予備軍をいかに減らすか。寝たきりの大きな原因となっているのは脳卒中です。そして脳卒中は高血圧、高脂血症、糖尿病といった生活習慣病が要因、または、間接的な要因になることが多くあります。生活習慣病は若いうちから進行しており、明確な症状は出ていません。

 生活習慣病を防ぐにはまだ痛くもかゆくもないうちから、自分を律しなくてはいけません。食べ過ぎない、酒や甘いものを減らす、そして運動する。つまり自分との戦いです。だから難しいんです。しかも国がお金を払ってくれるわけじゃないので、自己資金を投じなくてはいけない。日本だと未病、米国だとウェルネスの分野です。これは多くの人は自発的にできません。

 高い健康意識を持っていない人たちにどう働きかけていくか。これは個人任せではなく、行政なども手を打つべきだと思います。政治家は「そんなことに予算を投じても票は入らない」と言いますが、日本の未来を考えて早く手を打つべきでしょう。

高齢化社会イノベーションは輸出できるか?

―日本に限らず、先進国諸国は高齢化社会に移行しています。どこかの国で生み出された高齢化社会でのイベーションは他の国にも輸出できますか。

 これは医療関係者が勘違いしがちですが、「医業」と介護・福祉・ウェルネスなどは明確に違います。「医業」は病院で医者や看護師などの専門家が行う仕事です。国によって医療システム、インフラは異なるかもしれませんが、「医業」における治療方法は世界共通です。医師が使う機器も世界共通ですから、海外の医療機器はそのまま日本に輸入できます。

 一方、介護・福祉・ウェルネスは違います。一般ユーザーが使うものですから、その国の嗜好や文化によって変わります。アメリカのおばあちゃんが好むロボットを、日本のおばあちゃんは気持ち悪いと言うこともある(笑)。ですから、海外から日本に輸入する場合は検証し、オプティマイズ(最適化)しないといけない。国によってビジネスモデルを変えなければいけないこともあります。また逆も然りで、日本から海外に持っていく場合も同じです。

―池野先生が注目している高齢者向けのテクノロジーやサービスはありますか?

 これから何が来るかはわかりません。聞かれても「やってみなければわからない」と答えています。これは冗談じゃなく、本当にわからないものです。

 iPhoneが発売された時、「絶対、流行らない」と言っていた識者が多かったでしょう。当時、これだけのヒット商品になると、どれだけの人が予想したでしょうか。

 もし気づいていた人がいたとしたら、若いアーリーアダプターたちです。彼らは興奮し、発売日にアップルストアに長蛇の列を作っていました。

 高齢者向けのイノベーションが難しいのは、アーリーアダプターがほぼいない点です。高齢者は、性質的にはレイトマジョリティばかり。レイトマジョリティばかりの市場で、どうキャズムを乗り越えるのかが課題です。

 一つ言えるとしたら、次の質問に答えられるかが大事です。「このサービスはどんな問題を解決するためにあるのか」「その問題は切実な問題なのか、解決はマストなのか」。この質問に対して、膝を打つような回答のサービスならばGOです。あとはやってみなければわかりません。

課題先進国の日本こそ、今やるべき

―多くの日本企業が、高齢者向けビジネスにチャレンジしています。「まだ成功例と言えるものは出ていない」と口を揃えて言いますが、なぜでしょう。

 日本企業は真面目だからガッツリやっちゃうんですよね。成功するかどうかわからない中で、大きく投資して大きく失敗してしまう。そして一つ失敗しただけで「高齢者向けビジネスはダメ」と結論づけてしまいがちです。そうではなくて、小さくやって小さく失敗し、またトライするという繰り返しが必要です。

 シリコンバレーには、IoT製品のテストマーケティングができる「b8ta」がありますよね。ああいうテストができる場が必要なんだと思います。日本にもいろいろなイノベーションにトライできる介護施設があればいいですよね。

 このマーケットは今がチャンス。まだ大きな成功例が出ていないからです。みんなに成功例が知られたら、みんなやってしまいます。ビジネスはその時では遅いでしょう? だから今なんです。高齢化において、日本は世界のどこよりも早い課題先進国。先に始めた人ほど大きなチャンスがあります。

―どんな業界のプレイヤーがこのマーケットに参入すべきですか。

 ものづくりはどんどん入っていくでしょう。しかし、ただ単にモノを作って売れると言う単純なビジネスではありません。コトをつくるビジネスモデルが必須です。それには、私は生命保険会社、地方自治体はマストだと思っています。日本は最も一人当たりの保険に加入している金額が高い国です。しかも一度加入すると、多くの人は、同じ生命保険会社を使い続けます。生命保険会社は一生分の医療データを収集できる良いポジションにあります。

 2018年、国民健康保険は市町村から都道府県に移管されました。県としては急に借金が降ってきたようなものです。国民健康保険をどうするか、考えなければいけません。国と違って、都道府県は、それぞれの県で単独で手が打てますから、これからいろんなトライができると思います。そしてうまくいったら日本全国に広められます。

ともに社会を変えよう

―最後にエイジングマーケットに取り組もうとする人たちにメッセージをお願いします。

 イノベーションを起こそうとする場合、計画ありき、売上ありきのプロジェクトを考えようとすると、なかなかうまくいきません。なぜかというと、当事者としての本気度が足りないからです。何よりも問題を切実に捉え、魂を込めて、行動に移すことが必要です。

 シリコンバレーは、社会の問題を解決できると本気で信じている人が集まります。魂を込めてプロジェクトを立ち上げ、その魂に人が集まってくる。その本気度の高さが成功を生むんです。

 私は日本の僻地からシリコンバレーに来て、他の人が見られない景色を見てきました。日本の問題にも気づき、必要ならば、それを変え、素晴らしい日本の未来を築いていかなければならないと心の底から思っています。これは神様から与えられた“使命”だとも思っています。この使命を果たすためにはとことんまでやらなければいけない。それが大変だけどとても楽しい。小さなことでもいいんです。社会を変えていくために、皆さん一緒にやっていきましょう。

エイジングテック特集 目次

#1 超高齢化社会のイノベーション「エイジングテック」

#2 【SOMPO】テクノロジーで高齢化社会の課題解決に挑む

#3 僻地医療からシリコンバレーへ。日本の「本当の問題」を話そう

#4 世界中のイノベーションを持ち寄る、グローバルネットワーク「Aging2.0」

#5 【日本企業】なぜ大企業はエイジングテックに取り組むのか?

#6 スタンフォード教授が語る「睡眠テクノロジーの真実」

#7 法的書類からSNSまで。終活をサポートするCake

#8 自動運転車が食料品を配達してくれるAutoX

#9 ガソリンスタンドが家にやってくるBooster Fuels

#10 【スタートアップマップ】注目のエイジングテック一挙紹介

池野 文昭
Stanford Biodesign, Stanford University
Program Director (U.S) Japan Biodesign
浜松市出身。医師。自治医科大学卒業後、9年間、僻地医療を含む地域医療に携わり、日本の医療現場の課題、超高齢化地域での医療を体感する。2001年からスタンフォード大学循環器科での研究を開始し、以後、18年間、200社を超える米国医療機器ベンチャーの研究開発、動物実験、臨床試験等に関与する。また、Fox Hollow Technologies, Atheromed, KAI Pharmaceutical, CV Ingenuity等、創業時から関与し、成功したベンチャーも多数ある。ベンチャーのみならず、医療機器大手も含む、同分野での豊富なアドバイザー経験を有し、日米の医療事情に精通している。 また、医療機器における日米規制当局のプロジェクトにも参画し、国境を超えた医療機器エコシステムの確立に尽力している。スタンフォード大学では、研究と平行し、2014年から、Stanford Biodesign Advisory Facultyとして、医療機器分野の起業家養成講座で教鞭をとっており、日本版Biodesignの設立にも深く関与。日本にもシリコンバレー型の医療機器エコシステムを確立すべく、精力的に活動している。

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