2019/3/28/ 07:01

スタンフォード教授が語る「睡眠テクノロジーの真実」

米国スタンフォード大学 医学部精神科教授
スタンフォード睡眠・生体リズム研究所所長 西野 精治
スタンフォード教授が語る「睡眠テクノロジーの真実」

日本は世界で最も「睡眠負債」が大きい国と言われている。睡眠負債とは、十分な睡眠がとれず、寝不足が蓄積されている状態のこと。米国のシンクタンクのランド研究所によると、睡眠不足による日本の経済損失は年間15兆円と試算されており、大きな経済的損失となっている。睡眠負債は精神的・身体疾患を引き起こしやすく、今後の高齢化社会に向けても悪影響を及ぼしかねない。どうすれば、日本の睡眠の質を上げていけるのか。睡眠テクノロジーはどう活用できるのか。今回はスタンフォード大学で睡眠学を研究する西野精治氏に聞いた。

10年で約40%が亡くなる無呼吸症候群

―これから日本が超高齢化社会を迎えるにあたり、健康寿命をいかに伸ばすかは重要なテーマです。睡眠で健康寿命を延ばすにはどうしたらいいでしょうか。

 一般的に高齢になるほど、体温調節をはじめ体の機能が全体的に低下し、睡眠障害も起こりやすくなります。そして睡眠障害が起こると、身体疾患や精神障害になりやすく、そうするとさらに睡眠障害が起きるという悪循環になります。

 睡眠を改善することは、生活習慣病や認知症の予防にもつながるため非常に重要です。経済的な観点で見ても、医療費削減や保険会社としても大きなコスト削減につながる話です。

 また、眠っている間に呼吸が頻回に止まり深い睡眠がとれない無呼吸症候群も早期発見が必要です。無呼吸が1時間に5回以内であれば正常、5〜15回はボーダーライン、15回以上は要治療な状態です。無呼吸症候群は頻度も多く、非常に危険な状態で、10年で約40%が亡くなってしまいます。自分は大丈夫だと言う人が多いのですが、早期に発見して治す必要があります。

―どうすれば睡眠の問題を発見し、改善できるでしょうか。

 まず自分の睡眠を正しく知ることが大事です。体重であれば体重計、血圧であれば血圧計を使って測定しますよね。しかし、睡眠はなかなか正しく計る方法がありません。これまでは病院の睡眠外来に来ていただき、泊まり込みで睡眠を測定するしかありませんでした。この方法はとても大掛かりで費用も高額です。

 最近は睡眠のセンシング(センサーでの計測・数値化)ができる簡易デバイスも増えてきました。以前に比べて精度はかなり良くなっていますが、睡眠研究者の観点で見ると、まだ十分とは言えません。

 ある有名なウェアラブル製品も、技術的には昔と大きく変わらないレベルに見えます。彼らが工夫したポイントはデザインをオシャレにしたこと。若い人が抵抗感なくつけ続けられるようにしたのが良かったんでしょう。

 今年、CESに行って、スリープテック関係も見ましたが、正直パッとしない印象でした。数も多く華やかではあったのですが、無呼吸症候群治療のデバイスとか、本当に使えるのだろうか、と思うものも多かった。睡眠の専門家がきちんと参画し、エビデンスをベースにメリットを証明できているものが少なすぎる。ビジネスとしてはポテンシャルがあるのですが、本当の意味での成功企業はまだ出ていないと思います。

睡眠研究者から見た、スリープテックの問題

―たしかにスリープテックの領域で大きな成功をおさめている企業がありません。なぜでしょうか。

 まず長期的な視野を見据えていないように見えます。スリープテックでは信頼できる睡眠データを多く蓄積し、そのデータをユーザーや企業、ヘルスケアーなどの具体的な行動に活かしていかなければいけません。今のデバイスはこのつながりがなく、スタンドアローンな点が気になります。

 日本にも良い技術を持った会社がいくつもありますが、各社で得意分野が違い、スタンドアローンになってしまっています。国内で競合するよりも、もっと連携できないのだろうかと思っています。

 最近、睡眠産業に本気で乗り出したのはAppleかもしれません。2017年にAppleはフィンランドの睡眠トラッキング企業のBedditを買収しました。デバイスを売ったところで市場はたかが知れていますから、本当の狙いは睡眠データ取得と他機器との連動でしょう。

Apple Watchや瞑想アプリは睡眠に役立つか?

―以前「AppleWatchで無呼吸症候群を高い精度で予測できる」という研究結果も出ていました。

 今はウェアラブル機器から呼吸や心拍、血圧のデータを取ることができます。そのデータから機械学習を使って、無呼吸そのものではなくとも、無呼吸に応じて生じるイベントを捉えられる可能性はあります。

 もちろん医療用にはもっと検証が必要でしょうが、一つのスクリーニングには使えます。「無呼吸症候群の可能性があるので精密検査を受けてください」とお知らせされるだけでも、ユーザーにとっては大きな意義があります。

 ただ、日本の高齢者がウェアラブルを使いこなすかというと、それはまだ先の話でしょう。もっと自然な形で遠隔からモニタリングできる形が望ましいと思います。

 これは私のアイデアですが、高齢者向けの睡眠センシングであれば、インベッドタイプがいいと考えています。充電なども必要なく、寝るだけで睡眠データを取得できるベッドです。そして取得した睡眠データはユーザーだけでなく、専門家や病院などでも活用できるようにすべきです。実は今こういったベッドの開発に携わっており、睡眠のセンシング・改善に一石を投じられないかと考えています。

―少し違った観点ですが、入眠を促進するようなアプリやグッズもあります。米国では瞑想アプリも流行っています。これらは専門家から見てどうでしょうか。

 万人に当てはまる効果はないかもしれませんが、「自分にとってうまくいく」というポジティブなルーティンにできるのは意味があります。

 睡眠は「暗示」の要素が大きくて、睡眠薬の治験では、偽薬でも結構効きます。科学的にはほとんど効果が認められないものでも、本人は効果があると思えればそれで良いんです。

 瞑想に関しては、効果があると思う人が多いということです。香りや音楽もそうなのですが、自分にとって効果があると思ったら、それを採用したらいいと思いますよ。

【西野精治氏の著書】
『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP新書)
『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版)

エイジングテック特集 目次

#1 超高齢化社会のイノベーション「エイジングテック」

#2 【SOMPO】テクノロジーで高齢化社会の課題解決に挑む

#3 僻地医療からシリコンバレーへ。日本の「本当の問題」を話そう

#4 世界中のイノベーションを持ち寄る、グローバルネットワーク「Aging2.0」

#5 【日本企業】なぜ大企業はエイジングテックに取り組むのか?

#6 スタンフォード教授が語る「睡眠テクノロジーの真実」

#7 法的書類からSNSまで。終活をサポートするCake

#8 自動運転車が食料品を配達してくれるAutoX

#9 ガソリンスタンドが家にやってくるBooster Fuels

#10 【スタートアップマップ】注目のエイジングテック一挙紹介

西野 精治
米国スタンフォード大学 医学部精神科教授
スタンフォード睡眠・生体リズム研究所所長
1955年大阪府出身。1987年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぐ。1999年にイヌの家族性ナルコレプシーにおける原因遺伝子を発見し、2000年にはグループの中心としてヒトのナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止めた。2005年に睡眠生体リズム研究所の所長に就任。1987年に渡米以来、30年以上に渡り、睡眠・覚醒のメカニズムを、分子・遺伝子レベルから個体レベルまでの幅広い視野で研究している。著書に『スタンフォード式最高の睡眠』(サンマーク出版)、『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』(PHP新書)がある。

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