2019/3/12/ 07:32

失敗から学ぶ、パナソニックのシリコンバレー活用戦略

失敗から学ぶ、パナソニックのシリコンバレー活用戦略

写真:Rod Searcey

Panasonic Ventures President
木下 雅博Masahiro Kinoshita

<モデレーター>
スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar
櫛田 健児Kenji Kushida

2017年4月、Panasonic Venturesはシリコンバレー現地のベンチャーキャピタリストを採用し、1億ドル規模のファンドを立ち上げた。今回はCVCファンドの立ち上げから運用に関わるさまざまな成功・失敗経験をPanasonic Venturesの木下氏に公開してもらった。

※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit」のトークセッションの内容をもとに構成しました。スピーカーの役職は講演当時のものです。

スタートアップから選ばれる立場だと気づいた

木下:2017年4月にPanasonic VenturesというCVCを立ち上げ、1年半が経ちました。CVCの取り組みは成功だけでなく、もちろん失敗した取り組みもあります。その失敗をどのように活かしているのかといった点も踏まえてお話しします。

 実はCVCの名はパナソニックという会社名を外し、「Conductive Ventures」としています。その理由は、必ずしもパナソニックのビジネス領域に合った投資を行っているわけではないからです。またシリコンバレーのスタートアップの起業家たちにとっては、パナソニックという名前がほとんど浸透していませんし、今となってはオールドファッションのブランドになってしまっているようです。そういう状況を冷静に判断し、名前を変更しました。

 私たちのCVCには、大きく分けて2つのファンクションがあります。ひとつは、ミドルステージのスタートアップに対して投資を行い、弊社のリソースを提供しながらスタートアップのスケールアップに貢献します。もうひとつは、アーリーステージのスタートアップに対して、投資するのではなくリソースを提供して戦略的コラボレーションを行っています。

 体制としては、私と現地のキャピタリスト2人でCVCを運営しています。1人はインテルキャピタルで長い期間働いており、もう1人はクライナー・パーキンスで働いていました。2人とも台湾系のアジア人です。彼らと一緒に投資をし始めて、これまでとは違うなと感じたのはディール・フローです。1998年から20年間スタートアップ投資を行ってきているわけですけれども、これまでの18年半とこの1年半とでは圧倒的に違います。投資検討するスタートアップのクオリティが格段に高くなりました。

 またもう一つ感じたのが、私たちは、スタートアップを選ぶ立場ではなく、選ばれる立場だということです。事業内容がハイレベルで志の高いスタートアップは全く資金に困っていません。そのような中で、うまく投資を行っていくためには、スタートアップを取り巻くエコシステムに何を提供できるかについても真剣に考えないと、スタートアップから受け入れてもらえません。

写真:Rod Searcey

 この18ヶ月の成果と今後の課題という点では、この1年間で8社の投資案件があり、1億ドルの3分の1ほど使っています。CVCの意思決定としては、以前に比べて迅速になりました。これまでの投資決定について日本側からクレームがついたことは一度もありません。

 そして、投資した後にそのスタートアップとどう向き合うかですが、当初は日本やアメリカ、ヨーロッパの事業部に展開し、新しいビジネスを弊社の中に取り込もうと考えていました。そして、パナソニックのブランド価値を高めるという方向性にもっていきたかったのですが、これは想像以上に難しかったですね。

 あるカンパニーのトップに投資先を見せたところ、「面白い!さっそく事業部で活用するよう伝えます」と言っていたのですが、NDA(秘密保持契約)を締結するまでに5ヶ月を要してしまいました。

なぜ失敗したか?過去の失敗事例をひも解く

 ここで、過去に失敗した投資事例を2つ紹介します。1つ目は、数年前に投資した案件です。このスタートアップのサービスはすでに大手企業へ導入されており、大きな売上が見込まれているとの触れ込みでした。ホームページにも導入事例として、この大手企業のロゴが掲載されていたのです。しかし投資後、実際はまだPoC段階だったことがわかり、数ヶ月後にはホームページに掲載された大手企業のロゴも消えていました。顧客獲得の数値検証が甘く、期待したほどの成長性がなかったという事例です。

 二つ目は、あるスタートアップとタイアップし、新規ビジネスを立ち上げようとした案件です。これははじめの内はうまくいったのですが、半年が経過した頃、互いに険悪な関係になってしまいました。なぜかといいますと、互いに自分たちの技術が上だというような話になり、主導権の取り合いみたいな状況になってしまったのです。これは事業開発力や協業の連携の点での見込みが甘かったという事例です。

写真:Rod Searcey

 これらの失敗事例から学んだのは、日本からシリコンバレーのニュービジネスを見ても、本質的には見えない、分かっていない点が多いということです。ですから、このシリコンバレーで長い間、スタートアップビジネスに投資をしている人と組まなければ、そのビジネスモデルのあり方も将来性も全く見えてこないと感じました。

 特に2つ目の事例については、例えば自分が起業家だったとして、自分のアイデアや技術力には絶対の自信があるにもかかわらず、大企業から資金を調達して、共同開発の契約を結ぶでしょうか。アイデアや技術に自信があるのであれば、大企業から資金調達したり、共同開発契約をする必要もなく、できる限り自力で立ち上げるはずです。この部分を冷静に見極められなかったことが失敗の要因だったと思っています。現在はこういった失敗経験を、CVC活動に活かしているのです。

櫛田:色々な経験をされているということがよく分かりました。多くの会社は、過去のCVCの案件で失敗した事例は紹介したくないと思うのですが、何がうまくいかなかったかを検証することは非常に大事なことです。成功事例からは学ぶべきことを見つけ出すのは難しいですが、失敗事例からは多くのことを学びとることができるからです。

契約をガチガチに固めようとすると失敗する

櫛田:より良いスタートアップに選ばれる投資先になるための条件とは何でしょうか?

木下:一番大きいのは、シリコンバレーのエコシステムを深く理解して、スタートアップに貢献するという気持ちが強いことです。実際、持ち込まれた投資案件の90%以上は断ることになるわけです。しかし、スタートアップもただでは引き下がらず、何かアドバイスをくれというのですね。そんな時は、今は投資の段階ではないけれども、このレベルまで達すれば投資対象になるとアドバイスします。

 投資以外の部分でも動きが盛んなのですが、パナソニック・ショールームというスペースを持っていまして、ここではシリコンバレーのスタートアップと日本の大企業とのコラボレーションをバックアップしています。

櫛田:スタートアップに投資するだけでなく、さまざまな活躍の場を提供するということですね。

木下:私たちの事業部とうまく連携できればいいのですが、必ずしも弊社とのコラボレーションにこだわっているわけではないのです。

櫛田:その点も、スタートアップにとってはバリューアップにつながりますよね。スタートアップにとっては、さまざまな場で活躍することによって新しい道も開け、グローバル・プレゼンスも高まります。スタートアップとの協業スピードはどう加速させていますか?

木下:まずスタートアップとNDAを締結する場合は、本社にお伺いを立てず、こちらの裁量で行います。NDAの締結レベルであれば比較的簡単に短くなりますね。投資もシリコンバレーチームだけで意思決定できるようにしています。

櫛田:いいですね。決裁権とリソースに加えて、NDAもシリコンバレー仕様で行うということですね。日本とアメリカではNDAの概念が違いますよね。

木下:正直に言って、シリコンバレーでは、NDAは紙切れくらいにしか思っていないんじゃないかと感じる時もあります(笑)。それは極端な話かもしれませんが、契約をガチガチに考えてしまうとほとんどの場合失敗してしまいます。入口で時間をかけても仕方ありませんので、そこは簡単に済ませたいものです。

櫛田:シリコンバレーでは、NDAはミーティングをするための許可証みたいなものですよね。では最後に、CVCでの失敗を避けるためにどうしたらいいか、日本企業にメッセージをもらえますか。

木下:スタートアップ投資に失敗はつきものです。そのため、どうしても「スタートアップ投資はコストみたいなものだ」と考えてしまいがちです。でも、それは甘えですよね。スタートアップの立場になって徹底的に考え、たとえ失敗するようなことがあっても、ビジネスとしても成功させる努力を最後の最後までやり抜かないといけません。そうでなければCVCの仕事をしていることにならないと思います。


※(3/13訂正)本文中、事実に即していない記述があり、一部修正させていただきました。

木下 雅博(きのした まさひろ)
神戸大学経済学部卒。パナソニック、三洋電機で10年以上M&Aチームを率い、多くの海外案件で実績。Panasonic VenturesにてPresident。公認会計士。



櫛田 健児(くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。父親が日本人で母親がアメリカ人の日米ハーフ。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

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