2019/1/16/ 13:45

ヒット商品「ポケトーク」を生んだ上場企業社長がシリコンバレーに住む理由

ヒット商品「ポケトーク」を生んだ上場企業社長がシリコンバレーに住む理由
Sourcenext Founder, CEO & President
松田 憲幸Noriyuki Matsuda

<モデレーター>
スタンフォード大学アジア太平洋研究所 Research Scholar
櫛田 健児Kenji Kushida

ソースネクスト社長の松田憲幸氏は2012年からシリコンバレーに移住し、現地で得たネットワーク・ノウハウを活かして会社を成長させている。社長自ら交渉して著名ソフトウェアをシリコンバレーから日本に持ち込んだり、自社でも翻訳機「ポケトーク」を開発してヒットさせているのだ。今回は松田氏にシリコンバレー移住の目的と経緯、「ポケトーク」の開発秘話などについて語ってもらった。
※本記事は「Silicon Valley - New Japan Summit」のトークセッションの内容をもとに構成しました。

なぜ社長がシリコンバレーに住まなくてはいけないのか

櫛田:初めて松田さんにお会いしたのは数年前のことですが、以前より噂は聞いていました。社長がシリコンバレーに住んでいる一部上場会社があると。その社長が松田さんでした。そういった会社は他にはありませんね。

松田:社長がシリコンバレーに来て、成果が出たのかどうかということが重要だと思います。来てみたけど会社が傾いたのでは意味はありません。まず実績から紹介しますが、当社の株価の推移を見ると2012年から急激に上昇しています。実は私がシリコンバレーへ移住してからなのですが、これはどう捉えればいいのか? 社長がいない方がいいのでしょうか?(笑)

 移住したのは2012年9月で、以前からシリコンバレーには何度も来ていましたが、1度長期で滞在してみようと思いました。それまでは数日間の滞在でしたが、2週間程度の出張したところ、かなりの成果が上がりました。今度は1カ月の出張をすると、あまりにもディールが決まるので、このまま家を借りて移住してしまおうと考えました。その後すぐシリコンバレーに子会社を作りました。

 移住して色々分かったことがあります。ひとつはシリコンバレーは創業者をリスペクトする文化があるので、社長が直接出向くことでディールがまとまりやすいということです。家族も含めた移住ではなく単身赴任という選択肢もあったのではないかと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、こちらではファミリーでの付き合いが大切です。

 例えばパーティに招待されて家族で出かけると家族ぐるみで親しくなり、単身では進まない話もまとまることがあります。日本では会社を判断するのに、帝国データバンクの評点などをもとに判断にすることが多いと思いますが、アメリカではそういった情報はほとんど出されていません。こちらでは家族を見て判断するという方法があるということを知りました。そういった経験を通じ、やはり家族で来ないといけないと分かりました。

 なぜ社長がシリコンバレーに来なくてはいけないのか。本来ならば、英語ができて能力的に社内の2〜4番目くらいの人間をアメリカへ送ろうとすると思います。しかし逆の発想をすると、日本の会社には一緒に十何年もやってきた社員がいるので、むしろ日本側のほうが任せやすい。アメリカ側は新しい会社なので、いきなり誰かを雇う、誰かを送り込むということも難しいのでは考えました。それがこの移住の考えの始めにありました。

 2017年にロゼッタストーンジャパンを買収しましたが、ロゼッタストーンのCEOには私のシリコンバレーの家に来てもらいました。私の息子が当時5歳でしたが、彼はずっとCEOの膝の上で遊んでいました。そして次の日には契約の合意にこぎつけることができました。

 それから「ポケトーク」という翻訳機を発売しました。これを製造しているのは中国・深センなので、シリコンバレーとは関係ないのではないかと思われるかもしれませんが、こういった製品は様々なテクノロジーが組み合わさっています。

 この製品の完成にはどんな人に会えるのかというのがポイントになりました。「ポケトーク」の特徴のひとつは世界各国で使用できるSIMが内蔵されていることですが、その技術を持っている人にこちらでたまたま会い、すぐに実現することになりました。シリコンバレーに住んでいなければ、今の「ポケトーク」は生まれていなかったと思います。

写真:Rod Searcey

シリコンバレーの経営者から学んだ大事なこと

松田:シリコンバレーへの移住の目的は3つありました。ひとつは「優良なコンテンツを集める」ということ。我々はEvernoteやDropboxなど様々なソフトウェアを、シリコンバレーで契約して日本で販売していました。シリコンバレーに住むことで契約できるという確信はあったので、これだけでも利益が出るだろうと考えていました。

 私は関西人なので常に元がとれるかを考えます。今までシリコンバレーというと元が取れるイメージがありませんでした。アメリカへ出て行くというのは、一般的にはアメリカで製品を売るということです。アメリカで製品を売るのは非常に大変で、マーケティングコストに見合う売上が上がらず、赤字となり、最終的にアメリカから撤退するケースが多かったと思います。しかしこの事業の場合は赤字になりようがないので、この部分で資金源を確保しようと思いました。

 二つ目は「シリコンバレーの経営者から経営手法を学ぶ」ことです。ここには世界トップクラスのIT企業の多くが集まっています。異常なぐらい優秀な経営者が集まっているというのは何か秘密があるのではないかと思い、どんどん経営者に会って話を聞くことにしました。

 アメリカの成功者のプロフィールの多くは名前の次に、売却した会社と売却額が書かれています。これには疑問で、日本人の感覚だと売却された社員のことを心配してしまいます。なぜ、そういったことを偉そうに書くのかとシリコンバレーの経営者に聞くと「逆だ。社員が会社を売ってお金に換えたいんだ」という答えが返ってきました。

 つまり社員が全員、会社の株を持っているということに気づきました。全社員に株、もしくはストックオプションを持ってもらうということがいかに大切かというのが分かったのです。これを聞いた後すぐに全社員にストックオプションを配布しました。それからは2年に一度、全社員にストックオプションを配っています。

 もう一つ、シリコンバレーの経営者から学んだことは、まずミッションを決めるということです。我々のミッションはこれです。それから話が始まり、常にミッションに立ち戻る。FacebookもGoogleもそして多くのシリコンバレーの会社がそうです。多くの日本企業にも、もちろん我々の会社にもミッションはあるのですが、ここまで明確にミッションを決めて、立ち戻ることをやり続けている会社は少ないのではないでしょうか。

 ロゼッタストーンジャパンを買収した後、なぜ翻訳機を発売したのかと聞く人が多くいらっしゃいます。英語や外国語を勉強してくださいという一方で、翻訳機があるので勉強しなくていいですよと言っているようなものだと。

 しかしこれはミッションから考えるとおかしくはありません。これらの製品の私たちのミッションは「言葉の壁をなくす」ことです。それから考えると勉強して言葉の壁をなくしても、勉強しないで言葉の壁をなくしても良い。両方とも正しいことになります。

 世界中見渡しても、翻訳機と語学学習のソフトウェアを販売している会社は当社以外ないのではないでしょうか。これはシリコンバレーの経営者から学んだことのひとつです。どの会社へ行っても、プレゼンテーションはミッションから入ります。もちろんミッションがあるからといって成功するわけではありませんが。

 3つ目は「グローバルに成功する製品を作る」こと。グローバルに成功する製品のほとんどはシリコンバレーから生まれています。日本で生まれた製品もありますが、特にIT、ソフトウェア分野で成功したものは、ゲーム以外ほとんどありません。なぜなのかと考えましたが、私なりに疑問は解けました。グローバルに成功する製品を作るには、まずグローバルな開発チームが必要なことが分かりました。日本人だけで作っていたらインドで売れる商品はできません。

 これに気づいたのは移住するために家を探していた時。どの家もやたら暗い。出張でもお気づきかもしれませんが、ホテルも暗いです。もう一つ、アメリカ人はやたらサングラスを掛けます。それは格好をつけているわけではなく本当に眩しいのです。それで分かったことは日本人が見えている色とアメリカ人が見えている色は違うということ。

 ソースネクストのアメリカ向けのウェブサイトを作る時はすべてサンフランシスコの会社に任せました。そうするとモノトーンで日本では受けないデザインで出来てきました。この違いのひとつは実際に目で見えている色からきていると思いました。そのため日本の感覚のみだけで製品を作っていたら世界でのヒットは難しいと分かりました。

 Facebookの淡い青も、日本ではよりはっきりした色が多いので、あまり受けない色なのではないかと思いますが、世界的に見ると公約数的に受け入れられる色ではないかと。LinkedInもそう。色もそうですがメニューも、日本人だけで作っていてはダメだと気づきました。

 「ポケトーク」は2017年12月から販売していますが、多くのお客様に外国語の勉強に使ってもらっていることが分かりました。なぜなら電子辞書では単語しか調べられないのですが、「ポケトーク」はフルセンテンスで翻訳して表示してくれます。さらにリピートもできますので、単語を含めたセンテンスを覚えることができます。逆に英語で話すと日本語にしてくれますので、英語の発音の練習にもなります。

 この製品の翻訳の仕組みは音声をまずテキストにして、テキストを翻訳して、翻訳したテキストを再度音声に変換しています。Google翻訳は英語は強いのですが中国語が弱い。中国語なら百度のような中国企業が強く、それぞれ得意分野があって、言語ごとに一番良いものを選んでいるので理論的には世界最高の翻訳機が作れることになります。

櫛田:Googleは一度、英語に翻訳してそれぞれの言語に翻訳し直しますが、これは直接翻訳しているということですね?

松田:Googleはそう公表していませんが、おそらくそうしていることが分かっています。日本語からタイ語への翻訳も一度、英語にしてから訳していると思われるので精度も落ちますし、スピードも遅くなります。

世界中のCEOがシリコンバレーに来てくれる

松田:次にシリコンバレーの移住で分かったことです。日本だと地方の会社でも、会うときは東京で会いましょうというケースが多くあります。東京へ行くと色々な人に会える。それと同じようにまさしくシリコンバレーは世界の中の東京のようなところです。

 シリコンバレーにいると、どこかへ行かなくても来てくれる。ニューヨーク、インド、ドイツなど、様々なところに住んでいるCEOが半年に1回は来てくれます。

 なぜならスタートアップならVCのほとんどがここにあり投資を受けているケースが多く、上場企業でもAppleやGoogle、Facebookをはじめ世界の名だたる企業がここに集まっているからです。日本にわざわざ来る海外企業のCEOは少ないのですが、シリコンバレーにいると自然と世界中のCEOが集まってきて、様々な取引がやりやすくなり、最終的にいいプロダクト、サービスができます。

 繰り返しになりますが、成功しているIT企業はほとんどシリコンバレーにしかありません。様々な人種、様々なスキルを持った人が組み合わさってできるものは違うと痛感しました。

 そして年齢を全く問わない文化です。もちろん人を雇う時に年齢を聞くと違法であることは常識ですが、一般的にも年齢の話はしません。先日、私の友人と彼と15年間一緒に働いている人と3人で食事をする機会があったのですが、たまたま年齢の話になって、その2人が同い年であったことを彼らはそのとき初めて知ったということがありました。日本ではありえないことです。

 なぜこんなことが起きるのかと考えると、日本では相手の年齢に応じて話す言葉を変えないといけないからでしょう。この年齢を全く問わない文化が若い人に多くの活躍の場を与えていると思います。年齢と関係なく対等な立場でフランクに話せる文化は、私が想像した以上でした。

写真:Rod Searcey

必ず誰かとランチを食べると決め、6年で1200人と会う

櫛田:シリコンバレーはみんな、あちこちからやって来て様々な業務を年齢を問わずにやっているけど、意外と人間関係が重要なのですね。信頼できるのかは家族で見ていると。実はシリコンバレーにおいて、家族をBBQへ連れていって、それが商談上、重要だというのは驚きですね。

 あと、ここには様々な国の人が来ますが、同じ国の人でもここで会うことで環境が変わっていい話になります。日本から来られた人とシリコンバレーで出会ってビジネスを一緒に始める話はよくあります。

松田:私がこちらへ来て、はじめに決めたのは、ランチを一人で食べない、必ず誰かと食べるということです。そして同じ人とは何度も食べない。これを6年続けると1200人ぐらいに会えます。こちらには夜に接待という風習がないのでランチを共にします。時間を取ってもらいやすいですし、その方が話が進み、色々な取引に繋がることが多かったです。会う回数を増やすと取引に繋がる確率が上がることを身をもって体験しました。

櫛田:「ポケトーク」のコンセプトもシリコンバレーチックですね。深センで製造するのは当たり前。こちらではコンテンツを集める。ユーザーインターフェースも重要ですよね。

松田:日本だけで作っていると偏ってしまいます。それは学びました。

櫛田:社長がこちらにいる場合、日本の社員のモチベーションはどうやって上げるのですか? ひとつはストックオプションだと思いますが。

松田:なるべく話す機会や飲む機会を増やしました。また、こちらへ来る少し前にマーケティングやイノベーションのアイデアを毎日もらう仕組みを作りました。1日50件以上、メールで来るのですが、すべて24時間以内に返信し、返信したメールはこの7年間で10万通を超えました。そして多くのアイデアを出した社員とは3カ月に1回、日本で食事会の場を設けています。

アメリカと日本でマーケティング手法を変える

櫛田:シリコンバレーのスタートアップが、自分たちが見出したビジネスモデルは万国共通であり、日本に持ち込んでもうまくいくだろうと思って始めても、大きく失敗しています。松田さんがEvernoteを日本に持って来た時は、ヨドバシカメラなどでパッケージ版として売り出そうとしました。シリコンバレーではクラウドだから利益を得られるんだ、ナンセンスだと言われましたが、日本では非常に売れました。

松田:日本では物理的なモノとしてあったほうが良いという場合もあります。そして平均年齢は高く、スマートフォンをふつうに使いこなす年配の方を見かける米国に比べるとITリテラシーは高いとは言えないでしょう。

 日本の年配の方は家電量販店で買って、分からなかったらお店の人に聞きたい。アメリカの家電量販店の接客は日本と比較すると不親切で、どちらが客だか分からないと思うこともあります。パッケージ版が売れるのはアメリカに比べて日本の家電量販店のサービスがとても良いからだと思います。また、ネットで買ったら、聞ける人がいない。そういういろいろな要素があると思います。それにブランドをつくるにはわかりやすいモノがあった方が良いと思います。

櫛田:シリコンバレーの人には、日本のことが分かっているから説得できる。それにシリコンバレーのことも知っているからネットワークを作ることができるということですね。

松田:アメリカと日本はマーケティングがまったく違います。アメリカの企業が日本に進出するときは、オフィスを借り、多くの人を雇う。そして結果的にうまくいかず、撤退していくというケースを多く見てきました。

 それをなくせばよいと思いました。ソースネクストに販売させていただければ、マーケティングはすべて私たちがやりますのでマーケティングにかかる費用は一切必要ありません、全国の量販店への営業もします、返品も受け取ります、テクニカルサポートも日本語で行いますと説得しました。これが良かったと思います、彼らにとってみればノーリスクで事業を始められますから。

櫛田:ソースネクストは、私がよく言っているワーストプラクティス、たとえばこちらへ来ている人に決裁権がない、本社との距離がある、トップが技術を判断できないといったことを回避していますね。社長のシリコンバレー移住は簡単にはいかないのですが、みなさんへのアドバイス、メッセージはありますか?

松田:私は、会社のトップクラスの人が数カ月、1カ月でもいいのでシリコンバレーに住んでほしいと思います。ホテルに泊まるのと住むのではまったく違います。日本側にも良い影響があると思います。

 私もはじめは絶対に無理だと思っていたのですが、意外にできました。1カ月、2カ月、日本を離れて見ると気づきが様々出てくると思います。無理矢理にでもそういった機会を作った方が良いと私は思います。

写真:Rod Searcey

松田 憲幸(まつだ のりゆき)
1965年兵庫県生まれ。1989年に大阪府立大学工学部数理工学科を卒業し、同年日本IBM株式会社に入社。1996年8月、ソースネクスト株式会社を創業し、2008年に東証一部上場。業界常識を打破した更新料0円のウイルス対策ソフト「ウイルスセキュリティZERO」をはじめ、累計5000万本以上のソフトウェアを販売。2017年12月には通訳機「POCKETALK(ポケトーク)」を発売し、IoT事業にも参入。現在に至る。
http://sourcenext.co.jp
櫛田 健児(くしだ けんじ)
1978年生まれ、東京育ち。父親が日本人で母親がアメリカ人の日米ハーフ。2001年6月にスタンフォード大学経済学部東アジア研究学部卒業(学士)、2003年6月にスタンフォード大学東アジア研究部修士課程修了、2010年8月にカリフォルニア大学バークレー校政治学部博士課程修了。情報産業や政治経済を研究。現在はスタンフォード大学アジア太平洋研究所リサーチスカラー、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める。おもな著書に『シリコンバレー発 アルゴリズム革命の衝撃』(朝日新聞出版)、『バイカルチャーと日本人 英語力プラスαを探る』(中公新書ラクレ)、『インターナショナルスクールの世界(入門改訂版)』(アマゾンキンドル電子書籍)がある。http://www.stanford-svnj.org/

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